「睡眠時無呼吸症候群」と聞いて、多くの方が真っ先に思い浮かべるのは、大きないびきと、夜中にふと息が止まる光景ではないでしょうか。少し詳しい方なら、「CPAPという呼吸器を使う治療がある」というイメージまで浮かぶかもしれません。
けれど、この病気と「運転事故」との関係を正しくとらえている方は、実はそれほど多くないのです。今回は、検査の補助をしてくれているスイくんとの会話を通して、この病気と運転事故について、少し丁寧に整理してみたいと思います。
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「日中眠くなる病気ですよね?」は、半分正解・半分不正解
スイくん、診察や検査の説明をしていると、患者さんから「睡眠時無呼吸症候群って、日中眠くなる病気ですよね?」と聞かれること、よくあるでしょう?
はい。検査前のご説明でも、かなりの方がその理解でいらっしゃいます。あれって、どうお答えするのが一番正確なんでしょうか。
実はね、あれは「半分正解、半分不正解」なんだよ。
半分、ですか。
うん。国際的な診断基準である ICSD-3-TR(睡眠障害国際分類 第3版 改訂版) の、閉塞性睡眠時無呼吸(成人)の診断基準を見てみようか。少しかみくだくと、こんな構造になっているんだ。
ICSD-3-TR CRITERIA
閉塞性睡眠時無呼吸(成人)の診断基準
(A かつ B)または C、に加えて D を満たす
- A. 症状:眠気・疲労感・不眠、または睡眠関連QOLの低下/呼吸停止・窒息感による覚醒/ベッドパートナーによるいびき・呼吸中断の目撃――のいずれか1つ以上
- B. 検査(軽症以上):PSG または HSAT で1時間あたり5回以上の閉塞性優位な呼吸事象
- C. 検査単独ルート:1時間あたり15回以上の呼吸事象があれば、症状の有無を問わず診断
- D. 除外:他の睡眠障害・身体疾患・薬物/物質使用で説明できないこと
※ QOLの注釈には「日中の集中力、記憶力、運転、社会的機能、または仕事上の生産性が損なわれる可能性がある」と明記されている。
まず、症状の項目(基準A)がある。「眠気・疲労感・不眠・睡眠関連QOLの低下」「呼吸停止・窒息感で目覚める」「ベッドパートナーがいびきや呼吸の中断を目撃する」――このうちのどれか1つがあること。そしてそれに加えて、検査(基準B)で1時間あたり5回以上の閉塞性優位な呼吸事象が記録されれば、診断される。
なるほど、「症状+検査所見」のセットですね。……先生、今「睡眠関連QOLの低下」っておっしゃいましたが、ここがちょっと気になりました。「眠気」だけじゃないんですね。
いいところに目をつけたね。実はね、ICSD-3-TRの注釈をよく読むと、「睡眠関連QOL」の中身がきちんと書かれているんだ。「非回復性睡眠、いびき、睡眠関連窒息、不眠、夜間頻尿、朝の頭痛、ベッドパートナーの睡眠妨害」……こういった症状によってQOLが損なわれる、という具体例が挙げられている。
夜間頻尿や朝の頭痛まで含まれるんですね。
そう。そしてさらに注目すべきはその先で、「有害作用により、日中の集中力、記憶力、運転、社会的機能、または仕事上の生産性が損なわれる可能性がある」――と書かれているんだ。
……「運転」が、診断基準の注釈にはっきりと書かれているんですか!
その通り。つまり、「日中はそんなに眠くないけれど、運転中に集中が続かない、ヒヤッとすることがある」という訴えも、ちゃんとA-1の「症状」として拾える、ということなんだ。
それはすごく大きい話ですね。「眠気」一本ではなく、運転への影響そのものが、診断基準のなかに組み込まれている、と。
その上で、ここが大事なポイントなんだけど――症状がまったくなくても、検査で1時間あたり15回以上の呼吸事象が記録されれば、それだけで診断が確定する(基準C)という、もう一つのルートもある。
症状なし・検査所見のみでも診断できる、ということですね。
そう。だから「眠くありませんから、病気ではありませんよね?」という自己判断は、実はとても危険な選択になってしまう。運転の調子が少しでも気になるなら、それはもう立派な“症状”だし、仮に自覚が何もなくても、夜間に何十回と呼吸が止まっていれば、それだけで病気と診断されうるんだからね。
自覚症状がないのに受診される方がいる、という事実
でも先生、自覚症状がまったくないのに、自分から検査を受けに来られる方って、そんなにいらっしゃるんでしょうか。
それがね、かなり多いんだよ。特に、トラック・バス・タクシーなどのプロドライバーの方々。
どうしてですか?
職業ドライバー検診という仕組みがあって、運送業界では睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング検査を受ける流れが整いつつあるんだ。検査当日、「眠気は特にないんですけどね」「いびきも、そんなにうるさくないって言われますし」とおっしゃりながら来院される方も、本当にたくさんいる。
眠くないのに、会社に勧められて検査に来る、という感じですね。
そう。でもこれには、きちんとした科学的な裏づけがあるんだよ。
「眠気」と「運転事故」は、実は完全には一致しない
と、いいますと?
1998年、スペインの Barbé F 先生たち の研究が、世界的にとても大きな影響を与えたんだ(Am J Respir Crit Care Med. 1998;158:18-22.)。
どのような内容ですか?
睡眠時無呼吸症候群がある人は、日中の眠気の有無にかかわらず、運転事故のリスクが高まる――という報告だった。その後の研究でも同じ傾向が繰り返し確認されていて、2009年のTregear先生たちのメタ解析では、OSA患者さんの事故リスクは一般ドライバーの約2〜3倍と報告されている。2015年、スウェーデンのKarimi先生・Grote先生らが交通事故登録データを使って行った大規模研究でも、リスク比は2.45倍という結果だった。
日本ではどうなんでしょうか。
国内でも、同じ傾向が確認されているよ。東京医科大学の 駒田陽子(Komada Y)先生 たちが2009年に報告した研究では、日本人男性ドライバー616名を対象に調べたところ、OSASのある群はない群に比べて、過去5年間の事故発生オッズ比が 2.36 だった(Tohoku J Exp Med. 2009;219:11-16.)。
日本でも、やはり2倍以上なんですね。
さらに、愛知医科大学の塩見利明先生たちの研究では、AHI(1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数)が60以上の重症群で事故率が約16%、AHIが5未満の正常群では約6%、と報告されている。重症度が上がるほど、事故率もはっきり上がってくる。
記憶に新しいところでは、2003年のJR山陽新幹線の運転士居眠り事故や、2012年の関越自動車道ツアーバス事故も、重度の睡眠時無呼吸症候群が関わっていた、と報じられていましたね。
そうだね。「大きな事故が起きたあと、精密検査で重度の睡眠時無呼吸症候群が見つかりました」――この流れの話は、スイくんも一度や二度ではなく耳にしているでしょう。
はい、本当に何度も聞いています。
CPAPが教えてくれる、「何を軸に考えるか」
ここで大事なことを一つ。先ほどのBarbé先生の研究には続きがあって、その後の検討でCPAP(持続陽圧呼吸療法)による適切な治療で、運転事故が減少することも示されているんだ。先ほどのKarimiらの研究でも、CPAPを1日4時間以上使っている患者さんでは、事故発生率が約70%低下していた。
治療することで事故が防げる、というのは、とても希望のある話ですね!
うん。そしてこの事実は、私たちに一つの大切なメッセージを教えてくれている。
と、いうと?
「眠気があるかどうかだけを基準にすると、本当に事故リスクが高い方を見逃してしまう」ということ。眠気は確かに重要な手がかりだけど、それ以上に夜間の無呼吸の回数(AHI)や、睡眠の質そのものに目を向けること。そして、CPAPなどで夜間の呼吸を整えること。ここが、事故予防の本質的なポイントなんだ。
検査室で結果を説明していても、「眠くないのに、こんなに呼吸が止まっているんですか」と驚かれる方は、本当に多いです。本人の自覚と、夜間のデータが乖離しているんですよね。
そうなんだ。気づかないうちに何十回、何百回と呼吸が止まっていて、それが集中力や判断力を削っている。本人が「眠い」と感じていなくても、ハンドルを握る手の反応は確実に鈍っている――そういうことが起きているんだよ。
企業と協会の取り組み――社会全体で支える仕組み
企業側では、どのような取り組みがされているんでしょうか。
代表的なのが、全日本トラック協会の「SASスクリーニング検査助成事業」。各都道府県のトラック協会を通じて、トラックドライバーの方々が検査を受ける費用を助成してくれる仕組みで、令和7年度(2025年度)の現在も続いている。検査の頻度は3年に1度が目安で、雇い入れ時や体重が急増したときにも勧められているよ。
会社や協会が、ドライバー個人の健康と、公共の安全、両方のためにお金を出してくれている、ということですね!
そう。さらに国土交通省からは「自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル」が出されていて、事業者がどう SAS 対策を進めるべきかが、具体的な手順とともに示されている。
こうして見ると、社会全体で居眠り運転を減らそうという流れが、静かに、でも着実に広がっているんですね。
本当にありがたい取り組みなんだよ。おかげで、会社や協会の計らいで検査を受けてくださる患者さんは、年々増えている。
ただ、と続きそうですね。
…よく分かったね。ただ、「なぜ検査が必要なのか」という根っこの部分――つまり「運転事故は日中の眠気だけでなく、夜間の無呼吸の回数にも影響を受ける」という事実が、まだ十分には浸透していないように感じているんだ。
「眠気がないから大丈夫」と受け止められたまま、検査の本当の意義が伝わっていない……。
そう。だからここをきちんと伝えていくこと。日本中から居眠り運転を、そしてその裏に潜んでいる未診断の睡眠時無呼吸症候群を、少しずつでも減らしていくこと。これは僕たち医療者の、とても大切な啓発の仕事だと思っているんだ。
検査室の現場からも、患者さんお一人おひとりに、丁寧にお伝えしていきたいと思います。
今日のまとめ
- 睡眠時無呼吸症候群は「日中に眠くなる病気」と一言で片付けられません。ICSD-3-TR の診断基準では、症状項目(基準A)の注釈に「運転」への悪影響が明記されており、また1時間あたり15回以上の呼吸事象があれば日中の症状がなくても診断対象(基準C)となります。
- 睡眠時無呼吸症候群のある運転者は、一般の方に比べて事故リスクが約2〜2.5倍。日本国内でも駒田先生らの研究で同様の傾向が確認されています。
- 事故リスクは「眠気」だけでは測れません。夜間の無呼吸の回数(AHI)や睡眠の質にもしっかり目を向ける必要があります。
- CPAP による適切な治療で、事故リスクは大きく低下します(Karimi らでは約70%減)。
- 全日本トラック協会や国土交通省は、検査・治療を後押しする仕組みを整えてくれています。
- 「眠くないから大丈夫」ではなく、「夜、しっかり呼吸できているか」を見つめ直すこと。それが、居眠り運転ゼロへの、確かな第一歩です。
参考文献
- American Academy of Sleep Medicine. International Classification of Sleep Disorders, 3rd Edition, Text Revision (ICSD-3-TR). 2023.
- Barbé F, et al. Automobile accidents in patients with sleep apnea syndrome. Am J Respir Crit Care Med. 1998;158:18-22.
- Tregear S, et al. Obstructive sleep apnea and risk of motor vehicle crash: systematic review and meta-analysis. J Clin Sleep Med. 2009;5:573-581.
- Karimi M, Hedner J, Häbel H, Nerman O, Grote L. Sleep apnea related risk of motor vehicle accidents is reduced by continuous positive airway pressure: Swedish traffic accident registry data. Sleep. 2015;38:341-349.
- Komada Y, et al. Elevated risk of motor vehicle accident for male drivers with obstructive sleep apnea syndrome in the Tokyo metropolitan area. Tohoku J Exp Med. 2009;219:11-16.
- Arita A, et al. Risk factors for automobile accidents caused by falling asleep while driving in obstructive sleep apnea syndrome. Sleep Breath. 2015.
- 全日本トラック協会:令和7年度トラック運転者の「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」スクリーニング検査助成事業.
- 国土交通省:自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル(令和7年7月).
本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療上のアドバイスではありません。薬の服用中の運転については、必ず担当医師にご相談ください。

